あの人は 確かにいた ~ひぐちアサ「ヤサシイワタシ」全2巻


★本編の内容にどうしても触れてしまうので、未読の方はご注意ください。





「おおきく振りかぶって」を連載中の、ひぐちアサの前作。
買ったきっかけは、ヴィレッジバンガードで平棚に置かれていて、POPの文章が気になったから。
なので、あの時のヴィレバンに私はとても感謝している。
あそこで購入していなかったら、この作品に一生出会わなかったのかもしれないから。

内容は、大学の写真部を舞台にした、ちょっとドロドロした人間関係のお話。「ヤエ」と「ヒロタカ」が出会うところからスタートし、基本的にヒロタカの視点で物語は語られる。
「おお振り」が、上へ、上へと陽のあたる方へ進んでいく話だとすれば、これはむしろ、下へ、下へと籠もっていって、自分の心と向き合っていく話だと思う。読みやすい漫画ではない。
さらりと一読しただけではセリフの意味やなんかが理解できなくて、むしろわかりにくい。
漫画にとって「わかりにくい」というのは、ある意味致命的なんじゃないかと思う。
漫画を読むときは、やっぱり最初に「面白さ」を求めるから。わかりにくかったら、「面白さ」は半減してしまう。

わかりにくいのは、セリフが実際の会話に近い形で書いてあるからだと思う。

私たちが実際にしゃべっているときは、ニュアンスだけで伝わるものがあったり、いろいろ省略されていたり、仲間内だけがわかるようなルールがあったりと、書かれた文章とは随分違うコトバを使っている。
ただ、それをそのまま紙媒体に写して読むと、結構意味がわからない。

でも、何度も何度も読むと、それこそ今まさにキャラクターたちがしゃべっているその場に自分がいるような感覚で読むと、「あ。」と腑に落ちる。
この作品を最初に読んでから何度も読み返したし、その度に新しい発見があった。
月並みな表現だけど、噛めば噛むほど味の出るするめみたいな漫画だ、と思う。

2巻を最初に読み終えたときの感想は、
「私にどうしろと…?」
だった。
ほんと、どうしていいかわからなかったのだ。
物語は終盤、ヤエの死によって急転直下の展開をみせる。
伏線や予兆など何もなく、ポンとあまりにも唐突に、元恋人の死はヒロタカに伝えられる。

人の死はそういうものだ。漫画やドラマに出てくるドラマチックな死なんて実際にはなかなか無い。それは前触れもなく日常に現れる。
ヒロタカのように呆然と立ち尽くすしかないのだ。少なくとも私の身近な人の死はそうだった。

死んだ人が何を思っていたのか、生きている私たちには永久にわからない。
想像することはできる。でも本当のところは誰にもわからない。


「死ぬ準備をしている間 オレを思い出したかな」

「あんた 死にたいんじゃなくて 願う姿で生きたかったんだろ」


ヒロタカのモノローグにあるとおり、生きている人は自分でものを考えて、食べて、寝て、折り合いをつけていくしかないのだ。

ヒロタカが一番底まで沈んで、そしてゆっくり浮上していくところで物語は終わっている。
ラスト2話がこの物語の白眉だと思う。
この2話が、この漫画を「生きようとしている人たちの物語」にしている。と思う(自信なさげ)。
ヤエだってその一人なんだと。

そうか、おお振りもヤサワタも、描き方は違うけれど根本は同じところにあるのだ。


最後に。
ヒロタカと、従妹で中学生の澄緒ちゃんとの身長差が、なんかいい。
これが「萌え」というやつなんだろうか。


この記事へのコメント

  • やまと

    この作品は、見る者のバックグラウンドを選ぶところがあると思いますね。

    私はセリフの端々にある核心めいたセリフの数々に惹かれ、ヒロタカの浮上とスミオちゃんの強さに希望を感じてしまった人間なのですが(笑

    友人の何人かに見せた時はあまり良い評価はもらえませんでしたね。



    ヤエさんのような人は、確かに沢山いると思います。作品がリアルであればあるほど、ヤエさんに共感を抱くような人も居ると思うのは自然な事だと思います。


    でも最後には、タイトルにあるようにそれぞれの人にとっての
    「ヤサシイワタシ」
    を探してほしいな、と思います。



    初コメントで長文失礼しました^^
    2009年03月03日 02:01
  • 三森紘子

    やまとさんへ

    はじめまして、コメントありがとうございます!

    >見る者のバックグラウンドを選ぶところがある

    その通りだなあと思います。
    私も周りの人に貸したり勧めたりしてみましたが、好きだという人とそうでない人の差がかなり激しかったですね~。「この人には合わないかも?」と思って、貸すこと自体をためらってしまうときもありました。

    この作品は、読むことで自分自身を見つめずにはいられない作品なのかもしれないですね。
    でもやっぱり、やまとさんも仰るように根本は「希望の物語」であるのじゃないかなと思います。

    >でも最後には、タイトルにあるようにそれぞれの人にとっての
    >「ヤサシイワタシ」
    >を探してほしいな、と思います。

    本当にそうですよね! 私にとっての「ヤサシイワタシ」、いまだに探し続けています。

    素敵なコメント、ありがとうございました。
    久しぶりに読み返したくなりました^^
    2009年03月03日 21:13

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