そこからのながめはどうですか。 ~銀色夏生「流星の人」

流星の人
中学生のころ、周りで銀色夏生が流行っていた。
誰でも通る道だ(と私は信じている)が、ポエムを書いてみたり、授業中に回す手紙にやけに凝ってみたり。
写真に言葉をつけたり。空の写真を異様に愛したり。
交換日記もやってたな…。あれを今見せられたら死ぬかもしれん。
こっぱずかしくてあんまり思い出したくない青い日々を通り過ぎて一応成人したわけだが、この文庫本だけはいつまでも本棚に残り続けている。
年季が入っているから、表紙はだいぶボロボロだ。


内容は、写真と長い手紙のような文章。
本を開いて、右のページが文、左のページが写真という構成になっている。
正直なところ、この写真にはあんまり心を動かされはしない。
プロの写真家というわけではないだろうし(多分)、撮りたいものをそのまま撮ったんだろうなという感じだ。

文章は、わかりやすそうに見えて実は難解だと思う。
親切な書き方はしていない。甘さのない文章だ。
でも、急にその中の一小節が、自分の中に入ってくることがある。
今の自分の気持ちにぴったりくる言葉が見つかる。
だから、それはいつも同じ箇所というわけじゃない。
なんとなく雰囲気だけで書いてるのかな?と、一見思える文章の中に、ドキッとするものがまぎれこんでいたりするのだ。


「流星の人」とは、何かを見たり聞いたりしたりして、いい気持ちになったときの「何か」を指す言葉なのだとあとがきに書いてある。
だから、人によって何にでも当てはまるし、それぞれにそれぞれの「流星の人」を思い浮べて読んだらいいんだろう。
人だったり、モノだったり、感情だったり、雰囲気だったり。
好きなものがあるから生きていけるんだと思う。
そして、それがたくさんあればあるほど人生はきっと楽しい。

そういうものごとを見逃さないように、生きていきたいものだ。
日々の生活に擦り切れてしまわないように。


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