谷川流「涼宮ハルヒの憂鬱」を読んだ。

涼宮ハルヒ

というわけで、遅ればせまくりながら涼宮ハルヒを読みました。


正しいライトノベル、という感じがする。
何が正しいのか、どういうのが間違ったライトノベルなのか、聞かれると説明できないけど、私が抱くライトノベルのイメージというのはハルヒみたいな小説だ。
ブギーポップが好きだったからだろうか。というか、ブギーポップ以外にあんまりこういうの読んだことないからか。


やっぱり、さすがに面白かった。
アニメの最終話だけ観るという邪道な入り方をしたので驚きはなかったけど、事前知識のない状態でこれを読んだとしたら、後半の展開にはぶっとんでいたことだろう。
非日常への突入が唐突だから、そんなんアリかよ!?と思ったりもするけど、考えてみればハルヒが望んだことが現実になるという設定なのだから、全然まったく不自然じゃないのだ。


世界の捉え方とか哲学的な概念とか、ものすごい壮大なハナシになっていくけど、この手のジャンルの小説はどんなものをも受け入れる間口の広さを持っているからいいなぁ。
誰しも、ハルヒと同じようなことを一度くらいは考えたことあるんだろうけど、普通は考えるだけで終わるところを、行動を伴わせるキャラクターとして登場させたのがすごいと思う。
破天荒で現実にはあり得ないキャラだけど、ほんの少しだけ共感できる部分があったり。


アニメでは語り手・キョンの造形が好きだったので、頭の中でアニメのキョンに喋らせながら読んでいた。
何だろう。あの嫌そうな顔とかが好きだったのかな。
あと声が好きだったんだ。銀さんの声の人。
そして、嫌そうにしながら実は結構楽しんでるんじゃねぇのかお前、というようなところが。


クライマックスはきゅんときた!
ベタだろうが何だろうが、ラブコメ展開バンザイだ。
キョンの台詞とか、たまらーん。
でも、個人的には長門の「また図書館に」に一番やられました。
長門いいなぁ…ああでも、これでは作者の思うツボだ。


でも、挿絵がな…ちょっと残念。
表紙の絵はキレイだけど、中の挿絵ももうちょっと丁寧に描いてほしかった。
時間なかったんだろうか?
人物のみで背景いっさい無しとか、いかにも手を抜いてるように見えてしまうよ。
キャラに萌えられればそれでいいとか、それだけの作品ではないと思うんだけど。


十代の頃に読んでいれば、もっとどっぷりハマっていただろうなと思う。
機会があれば、続刊も読んでみたい。さすがに集めはしないだろうけど。
あと、アニメの最終話をもう一回観たい。


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