生きてるみたいに生きる ~伊坂幸太郎「グラスホッパー」

0830

これも文庫化にあたり再読です。
よい表紙。ハードカバーのよりこっちが好き。


これは伊坂作品の中では、ちょっと異色なのかな。
帯では「最大の問題作」、解説では「正統のハードボイルド小説」と評されている。
どのへんが問題なのか、何がハードにボイルされているのか、言葉の意味がいまいちよくわかってないのだけど。


妻を殺した男に復讐を誓う「鈴木」、相手を自殺させる能力を持つ「鯨」、ナイフで殺しの下請けをする若者「蝉」。
三者の視点がかわるがわる入れ替わる形で物語は進み、さらに「押し屋」と呼ばれる殺し屋「槿(あさがお)」も絡んできて、事態は入り組んだ様相を呈してくる。


異色といってもおなじみの伊坂テイストは健在で、比喩や引用や含蓄に満ちた軽妙な会話はいつもどおり。
伏線が後々で効いてくるのも。
ラストの伏線は怖かった。寒くなる。
「朝の穏やかな陽射しが注」ぐ、のどかな日常に戻ったように思われた鈴木が、ラインを踏み越えてあちら側の世界に行ってしまう瞬間。
狂気は日常と地続きのところにある。と知らされてしまった。
でも好きなラストです。


鈴木の頭の中で繰り返し描かれる亡くなった奥さんの姿や言動が、とにかく魅力的。
元気だった頃の奥さんを鈴木は何度も思い出す。
だから余計に、彼女の死に様の描写は痛々しく、鈴木の深い悲しみと怒りの感情が静かに伝わってくる。


それから、岩西と蝉との最後の会話のシーンがすごくよかった。
岩西は最後の最後でかっこよくなりやがって。
蝉が結構好きだ。なんで蝉なんだろう。本名じゃないよな?
みんみんうるさいから? でも、若者ってわりとみんなうるさいし。


バッタは群れて数が増えすぎると、凶暴な飛びバッタになる。
人間もそうだ、と槿は言う。
考え出すと、やっぱりちょっと怖くなる。


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