寄り添う視点 ~中村航「あなたがここにいてほしい」

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中村航の小説を読むのは初めてでした。
もっと早くに読めばよかった。すごく私好みの文体だった。
きまじめなんだけれども、そのきまじめさがどこかヘンテコで、「ん~?」と思いながら読んでいくうちにズルズルと捕まえられてしまった。


この人の言語感覚を、もっと味わってみたい。
素敵に楽しい文章がそこかしこに散りばめられているので、読んでいて飽きない。たとえば、


ホンモノは期待していたほどホンモノっぽくない。ライオンは「ライオン!」と言うほど獅子ではなく、サルは「サル!」と言うほどモンキーではなかった。



とか、


どうでもいいんだよ、と吉田くんはシャウトしたかった。
お前が豆乳を飲もうが飲むまいが、そんなことは宇宙で三番目くらいにどうでもいい。お前はシャコが嫌いかもしれないが、シャコだってお前のことを大嫌いだ。



とか。


表題作「あなたがここにいてほしい」は、三人称の文体なのだけど、一定の距離を保ちながらも、主人公に優しく寄り添うような視点の語り口で、なんだか妙にあたたかい気持ちにさせられた。
それはたぶん、主人公に対する「吉田くん」という丸っこい呼び名のせいなんだろうなと思う。
語り手=吉田くん本人ではないのだけど、吉田くんのことをずっと見てきて、誰よりもよく知っていて、彼の幸せを願っている。言ってみれば守護霊の視点のような、そんな印象を語り手から受けました。自分でもアホなことを言ってる自覚はあります。


ここにいてほしいあなた、という存在はとても大きな力ですね。



同時収録の「ハミングライフ」(タイトルも良い)も、すごく好きになった。
とある公園の木のウロを介して、「私」と小川君なる人物が「交信」という名の手紙のやりとりをする話である。
「交信」はたとえばこんなふうに行われる。


――プレゼントは誕生日の前日までに、ウロに仕込んでおこうと思います。

――そのころ私たちが疎遠になっていても入れておいてくださいね。

――わかりました。でも疎遠になりたくないです。好きなので。

――まあ!(照)



この「まあ!(照)」に私はヤラレてしまった。
今ドキ感(カッコ使い)と奥ゆかしさ(「まあ」)の見事な融合!
書き言葉とはいえ、そんな言葉をハタチ前の娘さんが使うというところにもうメロメロだ。
引用したのは二人が随分親密になり始めてからのやりとりで、最初の頃のお互い手探りな「交信」具合も大変によろしかった。


是非わたくしも「まあ!(照)」を実際に使ってみたいものだが、照れつつ「まあ」と言うような事態がそうそう到来するとも思えない。
衒いもなく「好きなので。」と言ってくれ、さらにこの何ともユルいノリを理解してくれる人が周りにいれば苦労はしないのだけど。


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