闇の彼方にあるもの ~上橋菜穂子「闇の守り人」

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「精霊の守り人」の続編、読みました。


チャグムやタンダに別れを告げ、生まれ故郷であるカンバル国を訪れたバルサ。
ずっと触れずに生きてきた、自分自身の傷を見つめ直すための来訪だった。
故郷へ通じる洞窟のなかで、バルサはカンバル国の少年・カッサたちと出会う。
この国を揺るがす大きな事件へ関わること、そして自分の過去と向き合うことの、それが発端だった。


…なんという安定感。
安心しきって読める。
それは、穏やかだということではない。
バルサは、カッサは、カンバル国はいったいどうなってしまうのか…その興味のみで先を読みたくて仕方がなくなる、怒涛のストーリー。ハラハラドキドキして全然穏やかじゃない。


この安心感は、バルサたちがこの物語のなかで本当に「生きている」って思えるからなんだと思う。
バルサの心の奥にずっと燃え続ける怒りやジグロを慕う思い、カッサの少年らしい純粋な心、ユグロの冷酷さ。
怖ろしく映像喚起力に富んだ筆致で紡がれていくこの壮大な物語が、一人の人間の頭のなかから溢れてきたんだということに、驚きを感じます。
そして、畏れ多いことですが嫉妬もします。
こんな世界を身の内に持っている人がいるなんて。そしてそれを、こうやってアウトプットすることができるなんて。


世の中には数多の物語が溢れていて、長く残るものもあればすぐに忘れられるものもあったり、その時代でのみ輝くものもあるだろうけど、この「闇の守り人」は、間違いなく残るだろうな。
ジャンルを超え世代を超え、胸へ心へ語りかけてくるものが、この作品には確かに存在する。
ちょっと大げさな言い方になってますが…そして別に私がここでこんなこと言わなくても確実に後世に残っていくでしょうが…


文庫版のあとがきで、上橋さんは「『精霊の守り人』は子どもに人気で、『闇の守り人』は大人に人気がある」と書かれているけど、なんとなくわかる気がする。
「精霊の守り人」は少年皇子チャグムが話の中心になってたけど、「闇の守り人」はバルサ自身にスポットが当てられているから。
解説ではアニメ版監督の神山健治氏が「もっとも強く心を引かれたキャラクターはジグロ」と書かれているけど、これもうなずける。
もう死んでいるのに、ジグロの持つ影響力ってすごい。
自分を見つめるバルサの旅は、そのままジグロの来た道を辿る旅でもあったんだろう。
クライマックス、ヒョウルとの交感の場面では、泣きそうになった。


他には、「ロッソ」というカンバルの郷土料理が、非常においしそうでした。
カッサが牧童たちのためにロッソをたくさん買ってきてあげるところとか、いいなぁ。


「精霊の守り人」に出てきたチャグムがまた登場するかと思ってたけど、しませんでした。ぐすん。
チャグムの物語は、前作でしっかりひと区切りついてるんだろうな…。
立派な王になったあたりで再会してくれたりしないかな。そうなったらうれしい。



※「精霊の守り人」の感想はこちら


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