ゴールのある旅 ~山下和美「不思議な少年」7巻



凄い作品です。困る。感想が書けない。
などといって後回しにしていたためにこんなに遅くなりましたが、最新刊もめちゃめちゃ良かったです。
6話収録のうち、結局3話しか感想を書けなかったけど、すこし長くなったので記事をたたみます。・第二十六話「会社員I」

会社帰りに一杯ひっかける店を探していたありふれたサラリーマン男性。
彼が引き寄せられるように足を踏み入れたバーには、誰もが知っている物語の登場人物たちが客として座っていた…


店のカウンターに並んでいたのは、「白雪姫」のお妃と、「シンデレラ」の継母娘たち。
彼女たちは嫌われ憎まれる自らの役割に疑問を持ち、ときにはこうやって飲みながら愚痴をこぼし、それでもやがては本を開いた誰かのために物語へ帰っていく。
「うんと苛めるわよ」「ガッツで乗り越えるわよ」と、「悪役」の顔に戻って店を出ていく彼女らの姿は、そのことを誇っているかのように美しい。
だって悪役がいなければ主人公は輝かない。


そして、たまたま迷い込んだだけにみえたサラリーマン男性もまた、あまりに有名な物語のなかの登場人物であることが終盤で明かされます。
何でもない日常を描き、長い間多くの人に愛されてきた、偉大な国民的漫画作品。

「普通であるのが面白い……ですか
実は それが一番難しい」


それを実現させているIさんも、人知れぬ苦労や葛藤があるのでしょう。でもまた大家族の元へ帰っていく。平凡でいて得難い、団欒という幸せを私たちへ届けに。
Iさんというか、Nさんのほうが馴染みがありますね(笑)まさか登場するとは思わなかったので、ニヤリとしてしまった。お見事。


・第二十七話「ペーター・ユルゲン」

祖父の代から続く山の郵便配達人、ペーター・ユルゲン。
引退を控え、最後の仕事に赴く彼に託された手紙は、世界滅亡の引き金となるものだった…


命がけで手紙を守ろうとするペーターに、少年はこの先起こる未来を教える。
一通の手紙がきっかけで起こる争いと、それによって引き起こされる世界規模の大戦のビジョンを見せ、「これでもあなたはその手紙を運べるかい?」と尋ねる少年。
手紙を届けることを選んだペーター。しかし、目的地へ着く前に足を止めてしまう。

「確かに この仕事に特別な才能はいらねえ
だけどな それでも絶対に誰かはやらなきゃならん仕事だ!!」


祖父から父へ、父から自分へ受け継がれた配達人の誇りを傷つけることも、長年愛した村をみすみす戦地にすることも、どちらもできなかったペーターに残された選択は、自分を消してしまうことだけだった。
その望みを叶えてあげた少年。「あなたの仕事を見届ける」と言った少年は、少年だけは、どこにも届かない手紙を運び続ける彼をいつまでも見続けるんだろう。静かに、目を閉じたまま。


「会社員I」の人たちもペーターも、「誰かはやらなきゃならん仕事」をやっているから、だからこんなに誇り高くいられるんだろうなぁ。


・第二十九話「ヨコハマ・リリィ」

終戦直後、ヨコハマで出会った青年将校ジェイムズと戦災孤児リリィ。
やがて国へ帰るジェイムズは、いつかまたここに戻ってくると言い残して日本を去った。
その日からリリィは、同じ場所で彼を待ち続ける。お姫様のようなドレスを着て、人々にうしろ指をさされながら、何十年経っても変わらず。
そして2008年、よぼよぼの老女になってもなお街角に立っていたリリィの元へやって来たのは――


最後まで読んで、彼女は彼女の人生をまったく後悔していないんだ、とわかったとき胸を衝かれた。
彼女が今まで来た道には、曇りも、迷いも一切なかったんだ。そしてきっとこれからもないんだ。そんな人生ってあるんだろうか…。
それだからこそ彼女は、ジェイムズ、つまり姿を変えた少年が、「永遠の旅人」であることに気づくことができたのかなぁ。


ジェイムズと名乗っていたときの少年がリリィと束の間一緒に暮らしたのは、リリィのすべてを見透かすような瞳に惹かれたのかもしれない。
けれどそれは一時のことで、「戻ってくるから、それまでここにいろ」と言ったのも戯れで、とっくに忘れてしまってたのかもしれない、声をかけられたときあんなに驚いていたんだし。それとも、どうせ待ってやしない、わかりやしないとたかをくくっていたのだろうか。
でも、オルゴールはちゃんと持っていたんだ。


ジェイムズとの邂逅を果たし、再びこの手の中に戻ってきたオルゴールを大事そうに仕舞い、リリィは背筋を伸ばして歩きだす。

「さてと 元気出して行こうかね…
あの人と違って私の旅には ゴールがあるんだから!」


そう呟きながら。
誰もが、一生かけてゴールのある旅を続けている。
ただひとり、あらゆる時と場所を越えて存在する不思議な少年を除いて。

「あなたは見つからなくても 永遠に捜しつづける人だわ」

永遠に捜しつづけることが、少年にとっての旅なんだとしたら、それはなんて孤独で気の遠くなるような旅だろう。
いつか少年に、旅のお伴をしてくれる存在ができればいいのに。
少年が「人」として描かれている以上、どうしてもそんなことを考えてしまいます。


7巻に収録されている話はハッピーエンドばかりではないのだけれど、歩きだすリリィの後ろ姿が最後にあるせいで、高らかに靴を鳴らして歩きたいような軽やかな気持ちになる巻でした。
リリィの話が最後でよかった。生きる元気をもらいました。なんだかとにかく、生きていようと思った。


1~6巻の感想はこちら


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