語っているのは誰か ~恩田陸「きのうの世界」



恩田陸大好きなんだけど、ここ最近は「これぞ!」というヒット作品に当たってないのが残念です。
あまりにも好きなので、自分でも求めるレベルが上がり過ぎている感がある。


そんな思いもあって、期待を込めて読んだ「きのうの世界」。
魅力的な謎の提示、不穏さの演出、クライマックスに向けて飛躍していく展開など、恩田ファンが恩田作品に求めるものがたくさん含まれているので、それは純粋にうれしかったし、興奮した。
少なくとも私は、ラストに鳥肌が立ちました。


本筋とあまり関係ない描写ですが、登場人物の一人が「ビルの谷間に」「深く、暗く、どこか遠くに繋がっている」「小さなお稲荷さん」を見つけ、
「反射的に手を合わせた」ら、「手の先から何かが出てゆき、その場所の暗い底にある何かと繋がったので、慌てて手を離した」というエピソードが、不思議で怖くてゾクゾクして好きでした。
なんていうか柳田国男的なというか、全体的に民俗学っぽいお話ですね。
そしてこれはミステリの皮をかぶったSF。


以下はネタバレになりそうなのと、勝手な考察を繰り広げているので、ご注意ください。面白かったんだけど、読んでいる間、なんだか不安、というか、不安定な気持ちがずっとあった。
特に、「あなた」という二人称で語られる部分と、三人称で語られる部分が混在しているのが、ものすごく気になった。
中盤でその「あなた」がどこの誰なのかが明かされて、それ以降はその人物も名前で呼ばれ、「あなた」という呼び方はされなくなる。
読者がまるで物語に参加しているような臨場感を狙って二人称で書いているのなら、「あなた」の正体が途中で明かされるのは変だし、ましてその人物をいきなり(ほんとにいきなりな感じ)退場させてしまうのはおかしい。
一体どういう意図をもって、二人称が取り入れられたんだろう? というのがまずひとつ。


もうひとつ、「○○が××しているちょうどその頃、△△は□□していた。」というような、世界を俯瞰しているような描写が目立ったこと。
たとえば宮部みゆきの「理由」のように、事件を詳細に記述したルポルタージュという体裁をとった小説なら、そういう描写がたくさんあってもおかしくない。
けどこれはそういう類いの小説じゃない。
もちろんそういう類いの小説じゃなくても、「神の視点で書かれた物語」というのはわんさかあるから珍しくもなんともないんだけど、この作品においては、読んでいてどうしても違和感が残ってしまった。


それで考えたのだけど、
この物語の語り手が、「町」と同化した「かつて市川吾朗だったもの」なのだとすると、しっくりくる気がするのです。
市川吾朗について語られている第18章が、「私の事件」と冠されているのも、なんだか示唆的だし。
「町」が語り手であれば、俯瞰の視点になるのは当然だし。
楡田栄子が当初「あなた」という二人称で呼ばれていたのもつまり、語り手である「町」が、他所からやって来た「あなた=楡田栄子」の名前を最初は知らなかった、と考えると、辻褄が合わなくもない…気がする…のだけど…。


他にも、(電話が)「お話し中」という単語が地の文で出てきて、すごく引っかかってしまったんだけど(普通、「話し中」か「通話中」と表記するのでは…?)、
それもまあ、吾朗さんが生前(?)そういう言い方をしてたのねと考えると、無理やり納得できるような(笑)


などと、適当なことをうにゃうにゃ考えました。
きっちり読み込んだわけではないのですごいトンチンカンな思い違いをしてる可能性もあるけど、私はそんなふうに解釈してみました。
で、ほんとのところは、どうなんでしょうか、恩田先生…。
もしかしたら真相は、読者それぞれに存在するのかもしれないですね。


「きのうの世界」とは、一体なんだろう?
ある人は「新しいものなどない」「昨日までの知識と経験以外頼りにできるものはない」といい、ある人は「昨日までの世界は、既に別世界の出来事」という。
市川吾朗は、きのうの世界と決別して新しい世界へいってしまった。
でも、ほとんどの人は、「昨日までの世界は別世界」なんていう体験をしないままで終わりそうな気がする。
昨日は今日につながっている、そういう世界に生きていると信じている。少なくとも今は。
もしもいつか、昨日と今日が連続しなくなる日が来たとして、それが良いことなのか、良くないことなのか、今の私には何ひとつわかりはしないんだろう。


この記事へのコメント


この記事へのトラックバック

書籍「きのうの世界」不可思議な物語の旅をする
Excerpt: 「きのうの世界 」★★★☆ 恩田 陸 著 , 講談社、2008/9/4 ( 482ページ, 1,785 円) <リンク:<table border="0" cellpadding="0" cellspacing="0">【送料無料】きのうの世界価格:1,785円(税込、送料別)>  ..</table>
Weblog: soramove
Tracked: 2011-03-01 22:05