文と絵の見事すぎる融合 ~田中芳樹「天竺熱風録」(ノン・ノベル判)



血沸き肉躍るとはこの事よ。



「そういや最近田中芳樹読んでないな」と、軽い気持ちで図書館で手にしただけだった本です。
並ぶ著作の中からこれを選んだのは、藤田和日郎先生の表紙に惹かれたため。
数ある大長編シリーズに比べると目立たない一巻ものですが、フタをあけて読んでみたらばこれがまた、湧きあがるワクワク感の尋常ならざること、遠足前夜の小学生の如し!(うまい譬えが見つかりませんでした。)
これは! こ、これは! と、鼻息荒くも最後まで読み終えました。



物語の主人公は王玄策。唐の時代、玄奘三蔵法師と同時代に実在した人物です。
一般的には有名ではありませんが、生涯に中国と天竺を、一度ならず三度までも往復したというのだからすごい。
「西遊記」で孫悟空たち三蔵一行があんなに苦労して辿りついた天竺に、三回も行ったってか…
二度目の天竺への旅にて、多大な困難に見舞われた王玄策率いる使節団。
如何にして彼らはこの困難を乗り切るのか!? 魅了されること必至、娯楽小説と呼ぶにふさわしい痛快冒険劇。



特筆すべきはやはり文体でしょうか。
「さあ、はたして王玄策はどうなってしまうのでありましょうか。どうぞ次回をお読みください」というようなお決まりのヒキで続いていく軽快な語り口は、あとがきで書かれていますように、「中国明清時代の章回小説、それを現代日本語に翻訳した文体を模したもの」だそうです。
なんだか大学のときの中国文学の授業を思い出したなあ。中国大好きの教授がちょうどこんな感じの講釈調で授業をしてくれたんだった。
田中先生も執筆時に試行錯誤されたようですが、差し向かいで話しかけられているような、惹き込まれずにはおれないようなこの文体を選択されたのは大成功だったのではと思います。



そして、ノベルス判本作と不可分の関係であるのが、藤田先生のイラストであります!!
表紙中央にいるのが王玄策。見よこの堂々たる偉丈夫。この男が大活躍するのです。考えただけでワクワクではありませんか!
文中にもところどころ挿画が入るのですが、これも本当に魅力的で。
読んでいると、作中人物が藤田先生の絵で動きまわるんです。頭の中で漫画がドンドン再構築されていく。
いかにも主人公らしい器の王玄策、彼岸と智岸の凸凹コンビ、くるくる奔り回る(そして、ちょっとドジな)可愛いヤスミナ、うさんくさい老バラモン、それぞれ個性的なラトナと論仲賛、いまいち器量の足りない悪役・阿祖那…
わー、頭の中でコマが割られていく! こんな体験ちょっと初めてかも…。



つまるところ私は、田中先生の小説を読みながら、同時に頭の中で藤田先生によるコミカライズ版を読んでいたわけなのです。
なんだる贅沢な! 一粒で二度おいしいどころの騒ぎじゃないぜ。



本当におもしろかった。田中芳樹ファンはもちろん(というかファンならとっくに読了済でしょうが)、藤田和日郎ファンもぜひ読むべき作品だと思いました。


 



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