孫が語る文豪 ~夏目房之介「漱石の孫」



夏目房之介さんといえば、NHK「BSマンガ夜話」で「夏目の目」のコーナーをやっていたり、マンガの文法やオノマトペについて本を書いている人であって、夏目漱石の孫だと知ったのは、ずいぶん後になってからのことでした。
そんな房之介さんが、漱石と自分について書いたエッセイのような、自伝のような、評論のような一冊です。



そもそも私、夏目漱石をちゃんと読んだことがないのです…。「夢十夜」はかろうじて、「こころ」は国語の教科書で読んだけど全文ではなかったし。
何度か挑戦したけど、いつも途中で挫折してしまう。
別に読まなくっても死なないからいいのだけど、千円札の顔になるような文豪の作品を読んでないなんて…と、若干後ろめたい気持ちがあるのも確か。
房之介さんも漱石の著作を全部は読んでないと書かれていて、ちょっとホッとしたり(笑)



文豪を祖父に持つ気持ちというのは、経験したことがないから想像力を働かせるしかないのだけど、相当大変だっただろうなあと思う。
本人より目立つ大きな「漱石」という看板を、常に背負って立っていなくちゃならないんだから。
まして生前の漱石の人となりを知っているわけでもないから(房之介さんのお父さんが9歳のときに漱石は他界している)、身内だという実感もなく、巨大な名前ばかりが先行することになります。
実際、漱石やその長男である父親に対してかなりの反発があったそうです。
長じるにつれて、次第に父・祖父の存在を受け入れられるようになるまでのことや、漱石がいたロンドンの時代背景や、十八番であるマンガ論なども絡めて書かれています。
おもしろかったー。ひといきに読めましたー。



テレビの紀行番組で、房之介さんはロンドンで漱石が下宿していた部屋を訪れます。
その場面からこの本は始まるのだけれど、テレビ的な演出について細かく書かれているのが非常に面白かった。
本当は下宿先の場所はわかっているけど、街の人に道を訊くシーンを撮ったりだとか、カメラを回しているときに飛行機の音なんかが入ったら、もう一度最初から同じ話を繰り返したりだとか。
そういう仕込みを批判してるわけじゃなく、むしろ積極的に楽しんで参加しているのがなんだかよかった。自分で自分を演出できるのは、確かに面白そうだなあ。
それにしても、猫の登場はヤラセだと思われても仕方なかっただろうな。そんなことってあるんですね。



口絵に夏目一族の写真がいろいろ載ってるのですが、3歳の頃の房之介さんが、あまりにも現在の面影が残っていて(あ、時系列が逆か)、妙にニコニコしてしまいました。
いやー、お年を召されてもまったくお変わりない!
臨終直前の漱石の写真もありました。
瀕死の病人の写真を撮ると治るという噂を聞いた子どもたちが、こっそり撮影したのだそうです。
結局は、その日のうちに亡くなってしまったのですけれど。それを知った上で見ると、何とも泣かせる写真であります。



房之介さんの著書だから手に取ったのであって、純粋に他の方が書いた漱石本だったらまず読もうとは思わないでしょう。
こんな形で漱石について少しだけ詳しくなれたのも、合縁奇縁と言っていいのかしらん。久しぶりに漱石作品に再挑戦してみたい気持ちになりました。


 



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