この人の世界はずっと広かった ~山川彌千枝「薔薇は生きてる」





  美しいばらさわって見る、つやつやとつめたかった。ばらは生きてる



1933年に16歳で病没した少女がのこした、日記や絵や短歌や書簡をまとめた遺稿集。
これまでに様々な出版社から何度も刊行されているようですが、この新版は中村佑介氏のイラストがかわいらしい、ポップな装丁となっています。
この表紙に惹かれて手に取ったので、中村さんの功績は大きいと思います。



作文はともかく、日記や友だちへ宛てた手紙なんかは、読んでいてどうにもそわそわ落ち着かない。
だって不特定多数の人に見せるつもりで書いたんじゃないだろうからな~。(身近な人の目は意識していたかもしれないけど)
なので若干申し訳ない気持ちになりつつも、飾り気のない文章で、本当に率直に自分の心のうちが書いてあるから、こちらの心まで、風が通ってゆくようにさわやかになっていきました。
(彌千枝さんのお母さんの日記と後書きは、涙なしでは読めなかったけれど)



すごかったのは短歌のページ。
ほんと、この人の短歌すごい。生命があふれている。



  空の色がとんがってるようにまっさおだ空の色で冬の景色がわかる


  ザックリと雪をふんだ、もうひと足、日に照る雪、見ながら、もひと足


  丈夫な人が泣きたいほどなつかしいなぜ幸いは遠く見えるだろう


  しずかなつめたい風のふく夜犬の息がきこえた。霰ふる今日その事を思う


  じりじりと病気は心にまではびこる私の力よお前はどうしている?


  バラの花よお前の奇麗さ私は言えない。もう咲きそうのバラの花よ



それから、日記からも書簡からも、彼女がものすごい読書家であったことがうかがえる。
千野帽子氏の解説の中の、「病床にあって、インターネットもTVも携帯電話も持たなかったけれど、この人の世界はずっと広かったのです。」という一節に深く肯く。



  美しいばらさわって見る、つやつやとつめたかった。ばらは生きてる



何回も引用ですいません(汗)特にこの一首は本当にすごい、好き。
なんて生への驚きと喜びに満ちた、瑞々しい歌なんだろう…
同じく解説で、穂村弘氏がこの歌についてこう書いてらっしゃいます。


「この歌を読む者は無意識のうちに、『つめたかった』の背後に<私>の指の温もりを感受するのだと思う。『ばらは生きてる』とは『<私>は生きてる』の痛切な裏返しなのである。」


彌千枝さんは生きてる、生きていた。
遠い未来に生きる私にも、それがわかった。


 



この記事へのコメント

  • yuuuming

    言葉のセンスが、飛びぬけてますね。
    短歌って、なんだか古くて、言葉づかいも堅苦しいイメージでしたが、
    この短歌は明らかに違う!
    ほんとに、三森さんがおっしゃってるように、すごい、としか言いようがないです。
    若くして亡くなったのが、おしくてなりません…。
    手にとって読んでみようと思います。
    2010年07月21日 21:49
  • 三森紘子

    yuuumingさんへ

    コメントありがとうございます☆
    本当に、非凡なセンスを持った方だったんだろうと思います。夭折が惜しまれますね…。
    80年近く昔に読まれた歌とは思えないくらい鮮やかで、忘れられません。
    yuuumingさんのような方に、特に読んでいただきたい一冊です!
    2010年07月22日 19:34

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