新しい人生なんて無い ~和月伸宏「エンバーミング」5巻




5巻の刊行にあたって、1巻を読み直してみたのですが、予想どおりひどく切ないものでした。
だって冒頭からいきなり、ナイフと銃をカッと交差させて二人が並び立っているんだよ1巻は。
ヒューリーとレイスの悲しき因縁に決着の5巻。



復讐をすることへ未来(さき)へ進むというのがかつての二人の信念だった。
でもヒューリーは「未来(さき)など無い」と断言する。
自分たちはもう死んだ身なのだ、人造人間(フランケンシュタイン)はすでに「終わって」いるのだ――



死ぬのも生きるのもどうでもよかった自分を「生きろ」と立ち上がらせてくれたヒューリーは、レイスにとって「希望」の二文字に等しかった。
人造人間になってもその思いは変わらない、けれど確実に歪んで狂ってゆく、純粋であったからこそますます深く。
だけど、最後にレイスはこう呟く。エーデルを殺すべきではなかった。「間 違っ… ちゃっ た」と。



「狂って」いた「人造人間」レイスは、最後の最後に「人間」に戻って退場したのだ、「ボクと死まで共有するな」とヒューリーに言い残して、命を落としたあのときのレイスに。
とでも思わなきゃやりきれない、というかやってられない気持ちです。



 「『新しい人生』なんて 無い

 惑わされるなヴァイオレット! お前の終わりは今じゃない!!」



何も選びたくない、楽になりたいと願うヴァイオレットに対して、死体卿がいざなうのは人造人間となって『新しい人生』を始める道。
そのヴァイオレットへ向けて、ヒューリーが叫ぶ。
「お前の終わりは今じゃない」
4巻でも既に一度、ヴァイオレットに向けられた言葉だけれど、さらに実感を持って、彼女の死にかけの心に響く。



すでにヒューリーはヴァイオレットにエーデルの面影を重ねてなんかはいない。
エーデルはエーデルの生を全うした、ヴァイオレットはヴァイオレットの生を全うしなければならない。
なぜなら死にかけの心は、それでもまだ死んではいないから。
たまたま傍にいただけの少女の笑顔のために朝食を食べる振りをし、危機には身を挺して庇う、その心はまだ「終わって」はいないから。



…なんとなく、人誅編の剣心(「るろうに剣心」)が懐かしく思い出されて、胸が熱くなりました。
それにしても…
人造人間はすべからく皆「狂って」いる、だから主人公のヒューリーすらも正常とは言えないかもしれない、というのがなんとも皮肉なことに思えます。



人造人間は決して人間の生まれ変わりではない、それは在ってはならないものだという信念で動くヒューリーと、
人造人間でもかまわないから大切な人によみがえって欲しいという意思で動くアシュヒト。
今回は共闘をしましたが、全く相容れないこの二人はきっと衝突は免れないんだろうなあ…



肩から上だけになった死体卿を大事そうに抱えるタイガーリリィがかわいかったです。えらいグロイ絵面になってましたが…(笑)
ジョン=ドゥも毎回登場シーンがかっこいいなあ。
それから、ああ! やっぱりアバーのおっちゃんは最高だ!(笑)
フレデリック=アバーラインはこの漫画の良心ですぞ! 特急アバーライン号、かわいかったです。



今回1巻を読み返してみて、「ああ何だ、1巻いいじゃん!」って、今になって思いました。
ぶっちゃけますと、1巻の時点ではあんまり良いと思えなかったんですよね…これから色々話が展開していくんだろうけど、まだいまいちピンとこないなあっていうか。
でもやっと5巻まで来て、ヒューリーとレイスとのことに決着もついて、和月さんが作品に込めたテーマのようなものも(まだはっきりと言葉にできないけど)おぼろげながらわかってきて、
初めてこの「エンバーミング」という作品を最初から楽しめるようになってきている、という予感がします。



たぶんこの予感は、現在進行形なもののはずだ。
だから、完結するのが今からとっても楽しみなのですよ。



4巻の感想はこちら


 



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