生きているということ ~神林長平「膚の下」





 われらはおまえたちを創った
 おまえたちはなにを創るのか



「アンブロークンアロー」のときもそうでしたが、エピグラフが素晴らしい。作品の核を為すものがズバリ、提示されているんです。
そしてタイトルの付け方も素晴らしい。



元々はyuuumingさんのブログ「サブカルホリック」で紹介されていたので気になっていて(レビューはこちら→)、その後お勧めもしていただいたので読みました。その節はありがとうございました!
いや~あ…予想以上でした。
読めてよかったという気持ちが、読後にじわじわとますます大きくなっています。



 荒廃した地球を復興するため、彼は人間によって創られた。しかし、創造主がつけた傷は己れの生を彼に認識させる。それは世界観を懸けた闘い、そして、残酷な神へと至る道の始まりだった――
 (カバー折り返し内容紹介より)
 兵士として作られた人間の話をしよう。人間? 人造人間だ。人工的に作られたそれは、アートルーパーと呼ばれた……
 (本文冒頭より)



ストーリーのすごさについては、読めばわかるのでもう特に言及しないけれど(上手くできるとも思えないし)、
主軸にあるのは、アートルーパーと呼ばれる人造人間、慧慈の成長物語です。
まったくもってこれは「成長」と言い表すのにふさわしい。



まず第一に神林先生のすごいなあと思うところは、
こんなに分厚くてこんなに難しそうな雰囲気をぷんぷん醸し出しているのにも関わらず、読みたい!と思えるところ。
そして実際に読み始めても、途中でやめたい気に全然ならないところ、です。
ふだん読書好きの顔をしてるけど、私にはどうしても最後まで読めずに放りだしてしまった本が山ほどありますので、神林作品がそうでないことをとてもうれしく思っています。



人間とアートルーパーは、その姿に違いがないために、自分は誰なのか、自分は何をして生きるのか、嫌でもお互いに、絶えず意識させられます。
人間と機械人みたいに明らかに違っていたら、そんなことはなかったんだろうな。
慧慈の歩いた道、また慧琳たち他のアートルーパーや、マ・シャンエをはじめとする人間たちの歩いた道は、
互いに互いの存在が身近になければ、まったく違ったものになっていただろうと思います。



読み書きを知らなかった実加という少女のこと、人間になりたかったアートルーパー・晋彗、機械人・アミシャダイ、
慧慈がかつては父親に反発するように疎んじ、そして父親に対するようにその存在を乗り越えた間明少佐…
忘れがたい人物とシーンが、いくつもいくつもあります。



なんだか好きだったのが、慧慈と同じエリファレットモデルのアートルーパー・慧琳です。
「わたしは、どちらもすごいと思う。ではわたしは、なにをしたろう?」という台詞を読んだ途端、唐突に好きになってしまいました。(結構な終盤ですが…)
そしてそれを聞いた慧慈が、今まで慧琳を自分に都合のよい体の一部のように思い、一個の他人として尊重していなかったと自省するくだりもとても好き。
もう誰にも、彼らアートルーパーを「アートルーパー」と一括りに語ることはできないと思った。人間を「人間」と一括りにはできないように。



ところで「慧琳」という名前、音が「エリン」だから、登場した最初の1ページだけ彼を女性だと思ってました。すぐに「彼」って出てきたので間違いに気づいたけど。
そもそもアートルーパーはすべて成人男性の姿をしてるらしいですしね。
生殖能力とかないから、たとえ慧琳が女性の設定だったとしても、彼ら自身に何ら変わりはなかっただろうけど、
読者側の意識としてはだいぶ違っちゃっただろうなあ、なんて想像してみるのもちょっと楽しかった。



聞いたところによると神林作品はどれも人物についての客観的な描写がほとんどないんだそうですが、
この作品も例にもれず、大柄なのか小柄なのか、髪は何色か、というレベルの描写すらなく、人物の外見的なイメージは完全に読者にゆだねられています。(慧琳を最初女性だと思ったのもそのせい)
とりあえず私の頭の中では、慧慈より慧琳のほうがちょっとだけ背が高い…というイメージです。いや、深い意味はないんだけど…
やっぱり慧慈と慧琳と晋彗はアジア系、ジェイとケイとエルとエムは欧米系の顔立ちだったりするのかなー。



それから、犬のサンクがんもう、かわいくてかわいくて!
ワフ、って鳴くんだよ~。尻尾も振るし…(当たり前だ)。慧慈の言ってることもちゃんとわかるんだよ~。
もしもサンクがいなかったら、慧慈はどれほど孤独だっただろう…
ありがとう間明少佐、慧慈の人生にサンクが共にあるようにしてくれて。



ラスト周辺に、涙なしでは居られないかけがえのないエピソードが幾つかあるのですが、
それに涙することができるのも、積み重ねられたこれまでの日々があったればこそ。
だからどうか、途中でくじけずに最後まで読んでいただきたい。
読み終えるのにかなりの時間を要しましたが、それは単に物理的な長さの問題であるに過ぎません。



ところでこの作品は実は、「あなたの魂に安らぎあれ」「帝王の殻」に続く、火星三部作の三作目なんですよね…。
完結編から先に読んでしまった(がまんできなくて)…。
今回私が読んだのは図書館で借りたハードカバー版だけど、文庫版の装丁がどれもすてきなので、シリーズずらっと集めてみるのもいいなあ。


あなたの魂に安らぎあれ (ハヤカワ文庫JA)帝王の殻 (ハヤカワ文庫JA)膚(はだえ)の下〈上〉 (ハヤカワ文庫JA)膚の下 (下)


「膚の下」でちらほら画像検索をしてみたら、
4羽のカラスと戯れるサンクの絵を描かれている方がいて、それだけで泣きそうになりました。
しかし、漫画化とか実写化とかアニメ化とか、そういうメディアミックスはして欲しくない、と強く願う。




「アンブロークン アロー 戦闘妖精・雪風」の感想はこちら

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