もう一度出会えた ~作 ジョアン・スファール/訳 池澤夏樹/原作 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「星の王子さま バンド・デシネ版」





 「きみがおれを飼い慣らしたら素晴らしいよ!
 小麦は金色だから、おれは小麦を見るときみを思い出すようになる。
 小麦畑を渡る風を聞くのが好きになる。」



原作者サン=テグジュペリの遺族が認めた、世界で初めての公式コミックだそうです。
BD(バンド・デシネ)というのは、フランスでいうコミックのこと。
そういうものがあることは知ってはいたけれど、ちゃんと読んだのはこれが初めて。
オールカラーで、日本の漫画と絵本の中間のような印象です。



表紙に描かれている王子さまは、つぶらな瞳がおおきくて、どこかちょっと恐ろしげで、
誰もが知っている「星の王子さま」の挿絵とはずいぶんイメージがちがう。
でも、書店で見かけて「読んでみたい」と強く思ったのは、この王子さまの姿に惹かれたからでした。



というのも、私がサン=テグジュペリの原作を読んだのは小学生か中学生の頃だったと思うのだけど、なんでだか、しっくりこなかったのです。
「肝心なことは目にみえない」という言葉の意味は理解しても、それってつまりどういうことなのか、ほんとのところはピンとこなかった。
世界中で愛されて、皆が良い良いという名作なのに、わからない私はきっと読解力や感受性が足りないんだろう…と、
誰にともなく負い目を感じて、その後読み返すこともありませんでした。
だけどこの、スファールというBD作家が描いた今まで見たことのない王子さまの姿を見たときに、
もう一度読めるかもしれない、読みたい、と思ったのでした。



スファールによって新しく生まれ変わった王子さまの物語を読んで、「そうか、こういう物語だったんだ」って、今やっと知った気がしました。
おおきな目でじっとこちらを見つめてくる王子さまは、ちょっぴり不気味でとても可愛らしくて、なんだか座敷わらしみたい。
飛び跳ねて遊んだり、生意気を言ったり、大粒の涙をこぼしたり、ぷんぷん怒ったり、ぱっくり口を開けて笑ったりする王子さまのことが、
どうしよう、愛しくてたまらなくなってしまった。
スファールの描く王子さまに、(一方的に)飼い慣らされちゃった。



キツネがとてもかわいい。火のようにきれい。
そしてキツネの言うことは深い。涙が出るくらい真理だ。
そんなことすら、子どもの私はわからなかったんだ。



原作を読んだのもずいぶん昔のことだから、記憶もほとんど薄れてしまっていたんだけれど、
王子さまが行ってしまうあの忘れがたい一場面だけは、原作で受けた印象と寸分違いませんでした。



「どうか、ぼくの悲しみを思い出して、すぐに伝えてほしい、彼が戻った、と。」
語り手のサン=テグジュペリがそう言い結ぶ最後の2ページを、何度も何度も、何度も繰り返し見返す。
ものは心で見る。肝心なことは目では見えない。ああ、ああ、そうか…。



美しくて悲しくてこのうえなく愛おしい、王子さまの物語にもう一度出会わせてくれて、
本当にありがとう。






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