トラスト・ノーワン ~堂場瞬一「水を打つ」上下巻





 「練習でやれなかったことも、試合ではやれるかもしれないだろう?
 自分を信じるっていうことは、自分で限界を決めてしまうことだから――突き抜けろよ!」




「堂場瞬一スポーツ小説コレクション」というシリーズが実業之日本社文庫からいつの間にか出ていて、軽くおののく(武者震いという意味で)。
「大延長」と「チーム」と「ミス・ジャッジ」はハードカバーですでに読んでいたので、とりあえず未読の「水を打つ」を購入しました。



 競泳メドレーリレーを舞台に死闘を繰り広げる男たちのドラマ
 競泳自由形の日本記録を持つ矢沢大河は、前回の五輪の4×100mメドレーリレーでは僅差でメダルを逃がし、雪辱を期している。
 そこに現れたのが高校3年生の小泉速人。
 不穏当な言動で選手の反発を買う小泉は、新型水着「FS‐1」を身につけて好記録を叩き出す――
 個人競技におけるリレーとは何か、ツール(水着)とは何かを迫真の筆致で描く問題作。
  (上巻裏表紙あらすじより)


野球や駅伝など、さまざまなスポーツを題材にした小説を書いてこられている堂場さん、今回は男子競泳が舞台です。
毎回思うんだけど、もしかして堂場さんは、小説に書くスポーツをご自身で実際に経験されているんだろうか?
それくらい描写がリアルです。今回も、いま正にレーンを泳いでいる選手の心理状態が、すごく詳細に書かれていて鳥肌ものだった。



とりわけ、「トラスト・ノーワン」――誰も信じるな、という最終章の題名は印象的です。
自分の限界がここまでだなんて信じるな、という意味。それは、自分の可能性を信じろ、というのと実は同じことを言ってるんだけど、
なぜだろうか、前者のほうがひどく前向きで、力の湧いてくる言葉に思えるのは。



競泳水着を開発するスポーツメーカーの社員の視点で書かれている章もあって、すごく興味深かったです。
やっぱりトップアスリートにとってウェアというのはものすごく重要なんだろうな。
だからといってそれに依存しすぎるのもいけないし、難しいところですね。でも新素材の開発はこれからもずっと続くのだろうな。より強く、より速くなることを人類が求めるかぎり。



物語の鍵となるのは、才能ピカイチ、世界新記録を狙えるほどのポテンシャルの持ち主である小泉君ですが、
彼がまた、なんでそこまで?と言いたくなるような傲岸不遜な言動を繰り返す高校生で、マスコミにはビッグマウスとまつりあげられるし、選手にも監督にも嫌われまくるしで、
そのストレスがページをめくる手を早めます(笑)
まさかこのまま、ヤなやつのままでは終わらないだろうという期待によってですね。
そのあたりの引っ張り方が、毎回上手だなあと思います。



期待(?)どおり、頑なに他人をよせつけなかった小泉の殻が少しずつ破れていくのが後半。
だんだん小泉が、歳相応のかわいい少年に見えてきて困りました(笑)
でも本当に、今岡さんや大河のように、小泉に積極的に関わろうとする人間がいて良かったなあ。
もしそういう人が、小泉の周囲に一人もいなかったら、すごくすごく不幸なことになっていたと思う。
最後の記者会見のシーンは、胸が熱くなりました。大河いいやつ。



「堂場瞬一は、人間の心の襞に分け入り、それを言葉化することにおいて秀でた書き手である。」と解説に書かれているけれど、その通りだと思う。
「大延長」がめちゃくちゃ大好きなので、それと比べるとどうしてもちょっと落ちちゃいますが、それでも面白かったです!





「大延長」の感想はこちら
「チーム」の感想はこちら



この記事へのコメント


この記事へのトラックバック