クロワッサンの空気をたべる ~杉崎恒夫「歌集 パン屋のパンセ」

パン屋のパンセ―歌集 (かばんBOOKS)


濁音を持たないゆえに風の日のモンシロチョウは飛ばされやすい




なんて軽やか!




 

2009年に90歳で亡くなられた歌人の第2歌集。
死後に息子さんや歌会の人たちによって出版されたそうです。


 

思うさま花火よひらけ木星まで空の広さを買い占めてある


滄海に自在のくじら泳がせて地球は春の軌道をめぐる

 

著者近影は載っていないので、自由に在りし日の杉崎さんのお姿を想像している。
本の装丁がパリっぽいからそう思うのか、パリの街角がとってもお似合いそうな人である。(パリ行ったことないので、想像)
きっと女性ファンが多かったことと思う。


 
駅前にたつ青年が匕首のごとく繰り出すティッシュペーパー


エスカレーターの壁の鏡を移動するこれがお前だ、ようく見ておけ

 

穂村弘さんが栞に文を寄稿されていて、そこに自分と同じ二十代(当時)の歌だと思っていたら、ずっと年上の人で驚いたというような内容のことが書かれていたけど、
確かにこのみずみずしさは70、80歳代のものとはにわかに信じがたい。


 
ジーンズのヒップが去って百あまりれんげの花がああ起き上がる


いくつかの死に会ってきたいまだってシュークリームの皮が好きなの


散髪の椅子を下りるは空港に降り立つときの気分に似てない?

 

きっと少年のような目をされていただろうと思う。
毎日を新鮮に生きていられたことが、作品から伝わってくる。


 
一晩中怖い夢みていたぼくをアリバイとして信じませんか


この夕べ抱えてかえる温かいパンはわたしの母かもしれない

 

「温かいパン」のところに入るものが他の何かだったら、怖い歌になっていたかもしれないけど、
これはとてもやさしくてなつかしい歌に思えます。
パンの歌がたくさん出てくるから、パンがお好きなんでしょうね。あと蝉も。


 
音荒く雨ふる夜明け胸という一まいの野を展げていたり


風のように消えたあなたを探すならもうチェンバロの中しかあらぬ

 

美しい紅茶には神さまが住んでいるある朝ふいに信じたくなる


気の付かないほどの悲しみある日にはクロワッサンの空気をたべる

 

歳を重ねてもこのような内面を持ち続けていけるかどうか、はたして私は。


 
夕日から逃れられない高架駅、内ポケットの中まで明るい


気の遠くなるほど空の青い日はさよならなんか視野から外す



星空がとてもきれいでぼくたちの残り少ない時間のボンベ


微粒子となりし二人がすれ違う億光年後のどこかの星で

 

この世の寂しさも悲しみも、美しさとともにある。
孤独とは身軽にもなることで、そこは明るく晴々としている。
なんだかそんな気にさせられる。


 
止まりたいところで止まるオルゴールそんなさよなら言えたらいいのに


この街の黄色い点字ブロックを追っていったら夕焼けだった

 


杉崎さんの新しい歌をもう読めないことが、今さらながらさみしいです。
けれど出会えて、よかったなあ。



この記事へのコメント

  • これーこ

    普段、“オカタイ本”を読んでばかりだったので
    息抜きの本を求めて図書館を徘徊していたところ、
    三森さんのレビューを思い出し、この本を手に取りました。

    (以前から、息をひそめてレビューを拝読していました…(笑

    表現が、レビューの通り、瑞々しくて軽やかで、
    行を追うごとに、ページをめくるたびに、肩こりが治るような気がしました。

    一つ一つを絵葉書にして、
    近況報告と一緒に友人に送りたくなるような
    素敵な歌集ですね。

    三森さんのレビューのおかげで、またお気に入りの一冊ができました。
    ありがとうございます。
    2013年12月29日 20:56
  • 三森紘子

    これーこさんへ

    コメントありがとうございます!お返事が遅くなってしまいすみません。

    >表現が、レビューの通り、瑞々しくて軽やかで、
    >行を追うごとに、ページをめくるたびに、肩こりが治るような気がしました。

    めちゃめちゃわかる気がします!
    読んでいると肩が軽くなっていきますよね(笑)
    一枚一首ずつの絵葉書、本当に発売されたらいいのにと思います。
    あったら買いたいです!

    感想の更新もほとんどないようなブログですが、
    見ていただけていてとてもうれしいです。
    ありがとうございました^^
    2014年01月04日 12:51

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